【協調と同調】
某テレビ局のモーニングショーで、あるコメンテーターが協調と同調のうんちくについて述べていたが、聞いていて大いに納得させられた。確かにこれまで日本社会は、協調社会を重視する社会だと思っていたが、実は協調社会ではなく単なる同調社会に過ぎないと云う事が納得できた。
改めて、広辞苑によると「協調」とは利害の相反する双方が、協力して問題を解決することで、「同調」とは他に調子を合わせる事とある。「お調子者」は、どこの世界、いつの時代にも確かにいるしそれが全部悪いとは思わないが、同調圧力に屈した結果であるならば話は違ってくる。
50年以上前の話として「国防婦人会(となり組)」というのがあった、ふた昔前には「モンスターペアレント(恐怖のPTA)」というのもあったらしい。現在でも「見て見ぬふり」は横行している。これらに共通しているのは、自分の意思を持ち合わせていないと云う事である。
一人くらいはいいだろうなどと、思ってはならない100人が100人そう思えば、それが全員の総意と云う事になる。今度の総選挙も同じである。「私の一票くらいでは…」と思うか「私の一票で…」と思うか。似て非なるものである。